— 生きがいだったバレエと右膝の半月板損傷
以前の私は、
「体は努力で変えられる」と心から信じていました。
補整下着メーカー・ダイアナでチーフプロポーションカウンセラーとして活動し、多くの女性のボディメイキングに関わっていた頃。
体は正しく手をかければ、理想に近づいていくものだと思っていたのです。
そんな中、夫の海外赴任が決まり、私は仕事を一旦休業して中国へ行くことになりました。
そのとき私が考えたのは、
「この機会に、補整下着を脱いでも美しい体でいられるようになろう」ということでした。
中国生活とバレエとの出会い
慣れない海外生活は、思っていた以上に緊張の連続でした。
言葉、文化、環境の違い。日本人社会の中とはいえ、気を張る日々が続いていました。
そんな中で出会ったのが、バレエでした。
音楽に合わせて体を動かす時間は、何も考えずに自分に戻れる大切な時間。
気づけばバレエは、私にとって単なる運動ではなく、心の支えになっていました。
「しなやかで、軽やかな体になりたい」
そんな思いでレッスンに通いながら、自己流の筋トレも重ねていきました。
けれど、体は思い描いた方向には変わりませんでした。
肩やふくらはぎはたくましくなり、どこか力で作ったような体つきになっていったのです。
それでも私は、「努力が足りない」と思い、さらに頑張り続けました。
右膝に起きた異変
そしてある日のレッスン中。
動きの途中で、右膝の中から 「ブチっ」 という鈍い音が聞こえました。
同時に膝がぐらつき、体重をかけると強い痛みが走りました。
違和感ではなく、はっきりと「壊れた」と分かる感覚でした。
その後、膝はみるみる腫れ、歩くこともままならなくなりました。
診断は 右膝半月板損傷。
それでも当時の私は、ショックより先に「どうして?」という思いが浮かびました。
体のために良いことをしているはずだったのに。
努力すれば体は応えてくれると信じていたのに。
バレエを失った喪失感
バレエは、当時の私にとって生きがいでした。
その時間がなくなることは、想像以上の喪失でした。
不自由な膝を抱えながら帰国の準備をし、帰国後は子どもたちの学校や生活を整える日々。
その合間に、私は右膝の内視鏡手術を受けました。
願いはただ一つ。
「もう一度バレエができる体に戻りたい」
けれど、手術をしても膝は元通りにはなりませんでした。
体重をかけると痛みが走り、びっこを引くように歩く毎日。
なんとかしたいと調べ、病院にも相談しましたが、医師からは
「アスリートにでもなるつもり?」
と、半ばあきれたように言われてしまいました。
その言葉はとても悔しく、
まるで「もう諦めなさい」と言われたように感じました。
それでも、あきらめたくなかった
「それでも、私はあきらめたくない」
その思いで調べ続ける中で出会ったのが、ロルフィングでした。
このときの私はまだ知りませんでした。
これから出会う考え方が、
「体を治す」ではなく「体が整う」という感覚を教えてくれることを。
そしてこの出会いが、
後に私の仕事の軸になっていくことも。
あの頃の私は、体の声より「頑張ること」を信じていました。
今、体の違和感や小さなサインに目を向けているのは、この経験があるからです。
この経験があったからこそ、私は今「体を整える」という視点でロルフィングを行い、子どもの姿勢や歯科医療の現場にも関わっています。


