「自分の体はダメだ、という物語を
これ以上抱えなくていいように」


私は、子どもの姿勢を
「正しくしよう」「直そう」と思って
この仕事をしてきたわけではありません。

むしろずっと関心があったのは、
自分の体はダメだ、という物語が
どのように体の中につくられていくのか

ということでした。

それは多くの場合、
誰かの悪意から始まるわけではありません。

大人の何気ない一言。
比較するつもりのなかった比較。
心配から出た声かけ。
正しさを教えようとする態度。

そうしたものが、
子ども自身の体の感覚よりも先に入り込み、
いつの間にか
「私はこういう体だから」
「私はダメな側だから」
そんな前提を、体に残してしまいます。

私自身も、そうでした。

子どもの頃に言われた言葉。
他の誰かと比べられた記憶。
そこから形づくられたボディイメージを、
私は長い間、抱えて生きてきました。

だから私は、
体に関わる仕事を選んだのだと思います。

形を整えようとした時期もありました。
正しい状態に近づこうとした時期もありました。

でも今は、はっきりとわかっています。

大切なのは
「正しい姿勢」でも
「きれいな形」でもありません。
その子が、自分の体を信じていられるかどうか。

現在、私が歯科医院という場で関わっているのは、
子どもを直接「直す」ためではありません。

その場の空気。
大人の在り方。
声のかけ方。
触れ方。
待つ姿勢。

そうしたものが、
子どもの体に
どんな物語を手渡しているのか。

私はそこを、静かに整えたいと考えています。

姿勢が変わることはあります。
呼吸や動き、表情が変わることもあります。
けれどそれは、
「直された」結果ではなく、
安心して、自分の感覚に戻れた結果です。

私は、
子どもに「良い体」になってほしいのではありません。

ただ、
これ以上
「自分の体はダメだ」という物語を
抱えずに済んだらいい。

それだけで、
その子の人生は
ずいぶん自由になります。

そしてそれは、
かつての私が
一番ほしかった世界でもあります。


だから私は、
今日も体を扱っています。

正しさを教えるためではなく、
別の可能性があることを、体で知ってもらうために。

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