私は持ってるんじゃない。拾ってる。|ロルファー茂利尚子の気づき

先日、名古屋へ足の爪の病院へ行った。

目的はそれだけだった。

診察を終えたあと、久しぶりに一人で街をぶらぶらした。

アイシャドウを探したり、
気になるTシャツを買ったり、
デパ地下でお弁当を買ったり。

そんな一日だった。

帰る直前、タカシマヤであるジュエリーブランドのパンフレットが目に入った。

そこに写っていたのは、若いモデルではなく、年齢を重ねた女性たちだった。

皺のある手。
白髪。
太めのシルバーのチェーン。
親指につけたリング。

なぜか足が止まった。

パンフレットを持ち帰り、家で何度も眺めていた。

すると、ふと気づいた。

私は今まで「持っている人」だと思っていた。

運がいい。
人に恵まれる。
不思議と必要なものがやってくる。

でも違うのかもしれない。

私は持っているんじゃない。

拾っているんだ。

振り返れば、

バレエの怪我からロルフィングを拾った。

娘の側湾から子どもの姿勢というテーマを拾った。

歯科医院との出会いも。

学校との出会いも。

ゼロポジという言葉も。

その時はただの出来事だったものが、後から人生の大切なテーマになっていった。

私は探しに行っているつもりはない。

ただ歩いている。

すると、

「あれ?」

と思うものに出会う。

そして拾う。

今回のパンフレットもそうだった。

ジュエリーが欲しくなったというより、

そこに写る女性たちの生き方に惹かれた。

年齢を重ねても好奇心を失わず、
自分の好きなものを身につけ、
自分らしく生きている姿。

そんな姿に足が止まった。

ロルフィングも同じかもしれない。

私は体を変える仕事をしているというより、

その人が自分の体を味方にして生きる姿を見たいのだと思う。

そんなことを考えていたら、

ひとつの言葉が浮かんだ。

「私は持ってるんじゃない。拾ってる。」

どうやら私はこれからも、

あちこち歩きながら拾い続けるらしい。