歯科医院で治療をしようとすると、泣く。
身体を固くする。
診療台に座れない。
口を開けられない。
動き回る。
こうした子どもの様子を見たとき、私たちはつい、
「怖がりな子」
「ぐずっている子」
「協力できない子」
と捉えてしまうことがあります。
もちろん、その場では治療を進める必要があります。
限られた診療時間の中で、スタッフが困ってしまうこともあるでしょう。
けれども、子どもの行動だけを見るのではなく、そのとき身体の中で何が起きているのかを考えてみると、少し違う見方ができます。
こうした反応は、神経系の防御反応として理解することもできるからです。
子どもの身体は、言葉より先に感じている
子どもは診療室に入ったときから、さまざまな情報を身体で受け取っています。
見慣れない器具。
大きな診療台。
顔の近くに来る照明。
マスクをした大人。
聞き慣れない機械の音。
消毒液のにおい。
そして、自分の身体に何が起きるのか分からないという不安。
大人から見れば、安全な場所で、必要な治療を受けているだけかもしれません。
けれども、子どもの身体が同じように感じているとは限りません。
子どもの身体は、言葉で理解するより前に、
「ここは安全だろうか」
「何をされるのだろう」
「逃げられるだろうか」
と、周囲の状況を感じ取っています。
その結果として、泣く、固まる、身体を反らす、動き回る、口を閉じるといった反応が現れることがあります。
それは、単なるわがままではなく、その子の身体が自分を守ろうとしている反応かもしれません。
これは「子どもの扱い方」の話ではありません
このような話をすると、
「では、子どもにどのように声をかければいいのですか」
「泣いている子には、どう対応すればいいのですか」
という方法論として受け取られることがあります。
もちろん、声のかけ方や待つ時間は大切です。
けれども、ここでお伝えしたいのは、単なる接遇や、子どもの扱い方の技術ではありません。
安全や危険を感じ取ったとき、自律神経系は身体の緊張、呼吸、表情、声、動きなどを変化させます。
子どもの反応を、性格や態度の問題だけで捉えるのではなく、身体の仕組みとして理解する。
その視点があることで、目の前の子どもの見え方が変わります。
「どうすれば、この行動をやめさせられるか」
ではなく、
「いま、この子の身体には何が起きているのだろう」
と考えられるようになるからです。
見方が変わると、関わり方が変わる
子どもが泣いているとき。
身体を固くしているとき。
診療台に座れないとき。
その姿を「困った行動」と見るのか、
「身体が自分を守ろうとしている反応」と見るのか。
その違いは、関わる大人の身体にも表れます。
早く落ち着かせようとする。
何度も説明する。
励ます。
説得する。
行動を止めようとする。
こうした対応が必要な場面もあります。
けれども、子どもの身体がすでに強い防御状態に入っているときには、言葉を増やすことが、必ずしも安心につながるとは限りません。
声の大きさを少し落とす。
近づく速さをゆるめる。
一度手を止める。
子どもの視界に入ってから話す。
何をするかを短く伝える。
足や背中が支えられるようにする。
選べることがあるなら、子どもに選んでもらう。
こうした小さな違いが、子どもの身体にとっては、
「少し待ってもらえた」
「自分の身体が無視されなかった」
という経験になることがあります。
安心は、説明だけではつくられない
歯科医院では、子どもが安心できるように、治療内容を丁寧に説明することが大切にされています。
それは、とても大事なことです。
けれども、安心は、説明だけでつくられるものではありません。
安心は、子どもの身体が感じ取るものです。
この人は急に触らない。
少し待ってくれる。
自分の嫌がっていることに気づいてくれる。
何をされるのか分からないまま進められない。
足や背中が支えられている。
診療室にいる大人たちが慌てていない。
そうした一つひとつを、子どもの身体は受け取っています。
そして、
「ここなら大丈夫かもしれない」
という経験が少しずつ重なることで、子ども自身の反応も変わっていきます。
歯科医院は、身体との関係を育てられる場所
歯科医院は、治療をする場所です。
同時に、子どもが長い時間をかけて通い続ける可能性のある医療の場でもあります。
だからこそ、歯科医院での経験は、その子が医療をどう感じるか、自分の身体をどう扱うかということにもつながっていきます。
嫌がる身体を無視されるのか。
それとも、
「いま怖いんだね」
「少し身体が固くなっているね」
と、自分の反応を受け止めてもらえるのか。
その違いは、治療の場面だけで終わりません。
自分の身体に起きていることを感じていい。
嫌なときには、嫌だと感じていい。
少し待ってもらっていい。
そして、自分の身体は、自分を守ろうとしてくれている。
そのような経験は、子どもが自分の身体を信頼していく土台にもなります。
医院全体で共有したいのは、方法よりも「見る視点」
子どもへの対応を、一人の経験豊富なスタッフだけに任せていると、その人がいないときには同じ関わりが続きません。
また、声のかけ方だけをマニュアルにしても、目の前の子どもの状態が違えば、同じ方法が通用しないこともあります。
だからこそ、医院全体で共有したいのは、決まった対応方法だけではありません。
子どもの姿勢。
呼吸。
表情。
身体の緊張。
視線。
動き。
そして、その奥にある神経系の反応。
それらを見る共通の視点です。
スタッフ一人ひとりが、
「この子はいま、何を感じているのだろう」
「身体はどのように自分を守ろうとしているのだろう」
と考えられるようになること。
そこから、声のかけ方も、待つ時間も、診療室の空気も変わっていきます。
歯科医院に、安心して自分の身体を感じられる文化を
歯科医院が、子どもの姿勢を直す場所になる必要はありません。
子どもの反応を、外側からコントロールする場所になる必要もありません。
大切なのは、子どもが安心して自分の身体を感じられること。
そして、医院のスタッフが、その身体の反応を「困った行動」としてだけではなく、意味のあるものとして受け取れること。
その積み重ねが、安心安全な医院文化を育てていくのだと思います。
治療を進めることと、子どもの身体を尊重すること。
そのどちらかを選ぶのではなく、両方を考え続ける。
そのために、神経系から子どもの反応を見る視点は、歯科医院にとって大切なものになるのではないでしょうか。
※本記事は、ポリヴェーガル理論をはじめとする自律神経系の理解を背景に、歯科医院で見られる子どもの反応について考えたものです。
歯科医院の院長先生へ
子どもが泣く。
身体を固くする。
診療台に座れない。
口を開けられない。
そのような場面で、どこまで待つのか、どのように声をかけるのか。
スタッフによって、子どもの見方や関わり方が違っていると感じることはありませんか。
大切なのは、決まった対応方法を覚えることだけではありません。
まず、スタッフ自身が身体の緊張や呼吸の変化を体験し、子どもの反応を身体や神経系から見る視点を共有すること。
その共通体験が、声のかけ方や待つ時間、診療室の空気を、少しずつ変えていきます。
姿勢を入り口にしたスタッフ教育について、現在の院内での取り組みや、子どもへの関わりの中で感じていることを伺う無料Zoom個別相談を行っています。
まだ課題や考えが、はっきりまとまっていない段階でも大丈夫です。
医院の状況を伺いながら、一緒に整理していきます。

