半年前、背骨の圧迫骨折をしました。
それをきっかけに、私は長い間着ていなかったボディスーツを、もう一度着るようになりました。
若い頃のように、身体のラインを整えたいからではありません。
今の私の身体を、外側から少し支えてもらうためです。
久しぶりに着てみると、身体の周りに一枚の支えがあることで、動くときに安心感が生まれることに気づきました。
そのとき、昔ダイアナで何度も聞いた言葉を思い出しました。
「下着は、お道具です」
当時も、その意味は分かっているつもりでした。
けれど60歳になった今、私はこの言葉を、あの頃とは少し違う意味で受け取っています。
身体を整えるために、下着を使っていた頃
私がダイアナと出会ったのは、長女を出産し、台北での生活を終えて日本へ帰国したあとでした。
産後に変わった身体を、もう一度きれいに整えたい。
そこから、私の身体への探究が始まりました。
ダイアナでは、補整下着を使いながら、食事や生活習慣も含めて身体を整えていきます。
私はその方法を徹底的に学び、自分の身体でも試しました。
やがてサロンチーフになり、人の身体づくりをお手伝いするようにもなりました。
けれど、私がずっと興味を持っていたのは、下着そのものではありませんでした。
どうしたら、身体はきれいに整っていくのだろう。
身体の中では、何が起きているのだろう。
私が知りたかったのは、いつも身体のことでした。
一度、全部脱いでみた
40歳で、夫の海外赴任に伴い、中国へ行くことになりました。
そのとき私は、ダイアナの仕事をいったん休み、補整下着もすべて脱いでみることにしました。
下着の支えがなくても、自分の身体と筋肉だけで、どこまで身体を整えられるのか。
それを、自分の身体で確かめてみたかったのです。
けれど、この実験は、ダイアナを否定するためのものではありませんでした。
中国での3年間、自分の身体でさまざまなことを試したあと、日本へ帰国してダイアナの仕事を再開したら、この経験は仕事にどのような影響を与えるのだろう。
そこまで含めて、私にとっては一つの実験でした。
ただ下着を脱いで、自然に任せていたわけではありません。
当時はまだ、日本でパーソナルトレーナーをつけて筋力トレーニングをしている人といえば、芸能人やスポーツ選手、一握りの一般人くらいだった時代です。
そんな頃に私は、中国で芸能人も通うような最高級のジムへ、一人で飛び込んでいきました。
日本人の私が、そこへ忍び込むようにして(笑)、パーソナルトレーナーをつけて身体を鍛えていたのです。
それと並行して、ほぼ毎日のようにバレエのレッスンにも通いました。
外から身体を支えるものをすべて外したのだから、今度は自分の筋肉を使って、自分で身体をつくってみよう。
自分の身体は、自分で動かせば、もっときれいに変わっていくはず。
そう思って、本当に徹底的にやりました。
今振り返ると、よく一人でそんな場所へ飛び込んでいったなと思います。
けれど当時の私は、自分の身体がどう変わるのかを知りたくて仕方がなかったのです。
実験は、思いどおりには終わらなかった
ところが、その実験は、私が思い描いていた形では終わりませんでした。
バレエで膝を傷めた状態で日本へ帰国し、その後、手術を受けることになったのです。
本来なら、中国での3年間の経験を持って、ダイアナの仕事を再開するつもりでした。
けれど、私の中には新しい問いが生まれていました。
なぜ、これほど身体を鍛え、動かしていたのに、膝を傷めたのだろう。
どうしたら、この膝は本当に治るのだろう。
今度は、その「なんでだろう?」を追いかけることに夢中になりました。
結局、私はダイアナの仕事を再開しませんでした。
ダイアナを否定したからではありません。
私の身体に生まれた次の問いが、私を別の方向へ連れていったからです。
そして、膝を治す方法を探し続ける中で、ロルフィングに出会いました。
身体という一つの問いを追いかけて
今振り返ると、私はずっと、同じものを追いかけてきたのだと思います。
どうしたら、身体は美しく、無理なく、その人らしく整って動きやすくなるのだろう。
その一つの問いに夢中になり、気づけば60歳になっていました。
本当に、馬鹿みたいに(笑)。
私は、最初から身体のことに詳しかったわけではありません。
補整下着を使って身体を整え、次にはそれをすべて脱いでみました。
筋肉をつければ変わるのではないかと、パーソナルトレーナーをつけて鍛えました。
ほぼ毎日のようにバレエをし、自分の身体がどう変わるのかを確かめました。
けれど、思いどおりにならないこともありました。
望んでいたものとは違う身体の変化が起こり、膝を怪我し、手術もしました。
それでも私は、そこで探すことをやめませんでした。
なぜ、こうなったのだろう。
身体の中では、何が起きているのだろう。
ほかに、どんな可能性があるのだろう。
うまくいったことだけではなく、失敗したことも、怪我をしたことも、思いどおりにならなかったことも、すべて自分の身体で確かめてきました。
私は、身体について知識がある人というより、
面白そうだと思うと、自分の身体で試さずにはいられない人なのだと思います。
気づけば、それを30年続けていました。
そして今も、答えを持っているというより、
「なんでだろう?」
と、自分の身体に問いかけ続けています。
そして、もう一度着るようになった
膝の怪我をきっかけにロルフィングと出会い、身体のつながりや、重力の中で無理なく動けることを学び始めました。
補整下着は、中国へ行く頃からずっと脱いだままでした。
身体を外から形づくることよりも、自分の身体の内側で何が起きているのか。
骨や筋肉がどのようにつながり、どうすれば身体全体で自分を支えられるのか。
そこに夢中になっていたからです。
その後、ロルファーになり、たくさんの人の身体に触れながら、自分の身体でもさまざまなことを確かめてきました。
パーソナルトレーニング、ランニング、ヨガ、ピラティス、加圧トレーニング。
そして半年前、私は背骨の圧迫骨折をしました。
それをきっかけに、長い間着ていなかったボディスーツを、もう一度着るようになりました。
昔のように、身体のラインを整えるためではありません。
今の私の身体を、外側から少し支えてもらうためです。
着てみると、身体の周りに一枚の支えがあることで、動くときの安心感が生まれることに気づきました。
それは、自分の身体で支えることを諦めたということではありません。
自分の身体だけですべてを頑張ろうとせず、必要なときには道具の力も借りる。
今の身体を見ながら、そのときの自分に合う支え方を選ぶ。
20年近く前、私は補整下着をすべて脱ぎ、自分の身体だけでどこまでできるのかを試しました。
そして今は、自分の身体を長く見続けてきたからこそ、もう一度ボディスーツを選んでいます。
同じものを着ていても、若い頃とは、着る意味がまったく違います。
身体を見ながら、道具との関係を選び直す
下着を着ることが正しいわけでも、脱ぐことが正しいわけでもありません。
自分の身体だけで支えることが優れていて、道具の力を借りることが劣っているわけでもありません。
身体は、年齢によっても、環境によっても、そのとき経験していることによっても変わります。
だから、そのときの身体を見ながら、必要なものを選べばいい。
以前の自分に合っていたものが、今も合うとは限りません。
反対に、一度手放したものが、今の自分を助けてくれることもあります。
大切なのは、一つの方法を信じ続けることではなく、自分の身体を見ながら、道具との関係を選び直していくことなのだと思います。
下着は、身体のための「お道具」。
あの頃教わったその言葉を、私は30年かけて、ようやく自分の言葉として受け取れるようになった気がしています。

