「やれそう」が生まれる時

昨日のセッションで、あらためて思ったことがある。

身体は変わってきている。

呼吸も、
お腹も、
歩き方も、
以前とは違ってきている。

でも本人は、

「変わってない」
「まだできてない」

と言う。

そして、
痛くても我慢してサーブを打つ。

呼吸を止めて、
頑張って動く。

きっと、
長い間そうやって生きてきたんだと思う。

でも昨日、
歩き方を練習している時に、

「ねじねじして歩いてみたら?」

と言ったら、

「あ、それならやれるかも」

と返ってきた。

その瞬間、
少しだけ身体が参加した感じがした。

私は今、
身体を「正しく変える」ことよりも、

神経系が、
「違う生き方もできる」
を少しずつ学ぶプロセスを、
一緒に見ているのかもしれない。

それは、
すぐに結果が出るものではない。

でも、
“変わる”より先に、

「やれそう」
「呼吸しても大丈夫かもしれない」

そんな感覚が育っていくことが、
実はとても大事なのだと思う。

ただ、
昨日のセッションの後、
私は少しモヤモヤしたまま朝を迎えた。

もっと身体を感じてほしい。
もっと楽になってほしい。

そんな気持ちが、
自分の中に残っていた。

でもそれは、
昔の自分をどこか重ねていたからかもしれない。

私自身も、
ずっと頑張って身体を使ってきた。

呼吸を止めて、
我慢して、
「ちゃんとしなきゃ」で動いてきた。

だからこそ、

「そこじゃないんだよ」

と伝えたくなってしまう。

でも本当は、
人の神経系は、
そんなに簡単には変わらない。

だから今は、

“すぐ変わること”

よりも、

「やれそう」
「少し違う感じがする」

そんな小さな感覚が、
時間をかけて育っていくことを、
信じてみたいと思っている。

ロルフィングを通して、
私が今やっていることは、

身体を整えることだけではなく、

“感じながら生きられる身体”

を育てていくことなのかもしれない。